lockon33さん、いらっしゃいませ。
おっしゃるとおり、確かにジャズのアルバムはライヴ・レコーディング(ジャズ・クラブでの演奏やコンサートなどお客さんを前にした演奏の録音)の音源が多いですよね。
理由のひとつは、ジャズは「ライヴで成立する音楽」だから。(大ざっぱに言えば)「スタジオでもライヴでも同じ」ということ。ジャズのレコーディングは、多くの場合「同時録音」です。ポップスでは当たり前となっている、パートごとに録音を重ねて作るという方法ではなく、バンド全員で一緒に録音します。つまり、スタジオ録音でも、やっていることはライヴでの演奏と同じなのです。もちろん「録音環境」という点ではスタジオが最良ですが、必ずしも「スタジオでなくては音楽が作られない。録音できない」ということではない、ということ。
もちろん録音の音質やバランスも作品として発表する場合は重要な要素ですが、例えば多少ノイズが混じろうが、バランスが悪かろうが、演奏の内容がよければ作品として受け入れられてきたという状況もあります。実際、ビル・エヴァンス(ピアノ)のライヴ盤『ワルツ・フォー・デビイ』は、演奏中ずっとお客さんの盛大なおしゃべりと食器の音が入って(しまって)います。また『プラグド・ニッケルのマイルス・デイヴィス』では、演奏中に「ガチャ、チーン!」というレジの音がたっぷり入っているところがあります。これらは、雰囲気作りにしてはちょっとやり過ぎというか、録音の失敗ととられてしまってもおかしくないぐらいですが、それでも発表したのは演奏がよかったから。いずれも名盤として聴き継がれています。
ではなぜ、そういうリスクがあるにもかかわらずライヴ盤を作るのかというと、「お客さんがいることがプラスになる」からなんです。ジャズは「生身の音楽」です。またジャズは「アドリブ」の音楽ですから、同じ曲を同じメンバーと同じアレンジで演奏しても、昨日と今日はまるで違うものになることもあります。そこに観客という要素が加わると、さらに変わることになりますが、いい観客のいいリアクションはいいジャズを作るのです。例えばマイルス・デイヴィスの1964年のライヴ盤『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の中で、「ステラ・バイ・スターライト」でのマイルスのソロの途中、観客の男性が「あ”ーーーっ!」と叫ぶ部分があります。初めて聴いた時はちょっと驚いてしまいましたが、そこからマイルスのソロがじわりじわりと熱くなっていくんですね。また、VSOPクインテットの日本での野外ライヴ『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ伝説』は、雨の音もはっきりと聞き取れるすごい大雨の中での演奏ですが、その演奏の熱いこと熱いこと。これはずぶ濡れにもかかわらず、最後まで大声援を送り続けた観客あってのことでしょう(ただいずれも「結果的に」であって、それらが逆に作用する可能性もあったわけですが)。これらはわかりやすい例ですが、こういった直接のリアクションがなくても、ジャズではその「場」は、演奏に大きな影響を与えているのです。
さらにもうひとつ、「レコード」というのはもともと、「記録」としての意味があります。ジャズは「セッション」の音楽でもあるので「あの時、あの場でしか実現しなかった共演の記録」という類いのライヴ盤も多いですが、それが単なる顔合わせの記録ではなく、歴史的名演となった例は少なくありません。
まとめると「ライヴこそがジャズ」ということなんですね。エリック・ドルフィーは「空気中に放たれた音楽は、二度と捉えることはできない」という言葉を残しましたが、スタジオで録音されたジャズがむしろ特別なものなのかもしれませんね(なお、ドルフィーもスタジオ盤は残しています)。