では、最初の1枚。
『カルロス菅野シングス! feat.熱帯JAZZ楽団』は、熱帯JAZZ楽団のリーダー、カルロス菅野(かんの)のヴォーカル・アルバム。カルロスはパーカッション奏者として知られているけれども、音楽活動のスタートはヴォーカリストとしてのものだったという。21歳の時にコンガを買ったのをきっかけにパーカッションに転向。以来、パーカッション奏者として松岡直也グループなど多くのグループに参加。そして90年代初頭からのオルケスタ・デ・ラ・ルスのリーダーとしての世界的な活動はよく知られるところだ。デ・ラ・ルス、熱帯JAZZ楽団でもライヴやアルバムでその歌声は披露していたが、全編歌ったアルバムは初めて。というわけでこの『シングス!』は、「ヴォーカリスト」カルロス菅野のデビュー・アルバムとなる。
収録全11曲のうち、6曲はこれまで熱帯JAZZ楽団のアルバムに収録されていたトラック。こうして聴くと「熱帯」は歌伴バンドとしてもすばらしいことがよくわかるね。そして5曲は新録音だけど、こちらは「熱帯」とは異なる小編成バンドがバックアップ。ラテンの匂いはプンプンだけど、これによって幅が広がり、「熱帯」のアルバムではなく「ヴォーカルのカルロス」のアルバムの印象が鮮明になっている。新録音のティーヴィー・ワンダー作曲「心の愛」(「I Just Call To Say I Love You」)以外は、いずれもよく知られた古いスタンダード。この点でも(新しくて珍しい)カヴァー曲の多い「熱帯」とは一線を画す印象だ。でも6曲は「熱帯」からだから、そこでのカルロスのヴォーカルは特殊だったってことか? それはともかく、このユニークなラテン・ヴォーカルはこれからの季節にぴったり。バックの熱さと声のユルさのバランス、サウンドの新しさと古い曲のノスタルジックな雰囲気のブレンド具合に絶妙な味がある。
さて、もう1枚。
『熱帯JAZZ楽団XII〜ザ・オリジナルズ〜』は、新録音1曲を含むベスト・アルバム。でも単なるベストとはひと味違う。
熱帯JAZZ楽団は今年で結成13年を迎えた。これまで11枚のアルバムをリリースしてきた。そこではジャズ・スタンダードはもちろん、ウェザー・リポート、アース・ウィンド・アンド・ファイア、クインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソンからデューク・エリントンやグレン・ミラーまで、また「ルパン三世」や「スパイ大作戦」など幅広い題材をとり上げてきた。それらをラテン・サウンドで「熱帯」色にしてしまうのが、このグループの大きな魅力のひとつであり、アルバムが出るたびに「今度は何を?」が楽しみであったわけだ。だがその一方で、ともするとそれに隠れがちだったが、メンバーのオリジナル作品もしっかり収録(ライヴでは演奏)され続けてきたことは、ファンならしっかり知っていたはず。
そして今回のアルバムは、そのタイトルどおり、そのオリジナル曲を集めたベスト盤。だから、これまでのアルバムのように今度は○○だ的な派手さはない。でも実は、これこそが「熱帯」のホネというかキモの部分じゃないかと思うのだ。ソロ・プレイにもましてアレンジ、演奏に個性の強いバンドである。それを最も生かせるのは、やはり自分たちが演奏するという前提で書かれたオリジナル曲のはずだ。というわけで、これまでのアルバムからの抜粋編集盤(新録音1曲あり)だが、これまでのアルバムと印象は異なっている。新しいアルバムとして聴けるのだ。『XII』と単体アルバムとの連番を付けているのもその表れなのだろう。 98年から08年の演奏を集めたものだから、この10年の総まとめ的にも聴ける。充実の活動ぶりを改めて感じるすばらしい「新作」だ。