ジャンルを超え、世界を舞台に大活躍中の塩谷哲(しおのやさとる)。今回はひさびさのピアノ・トリオ。アコースティック・ピアノ、アコースティック・ベース、ドラムスの3人でジャズを演奏するという点ではまったくのピアノ・トリオなんだけど、いわゆるジャズのピアノ・トリオと思って聴くと意外な展開にかなり揺さぶられることになる。ジャズ・ファンのみなさん、「音楽の驚き」が好きな方は以下の文章は眺める程度にして、まずはCDを聴いてください。ネタばらししてますので。
それにしても塩谷の活動は幅広い。
サイト(http://www.jvcmusic.co.jp/salt/index.html#link)にある短いプロフィールだけでも驚いてしまう。近年は小曽根真とのデュオやFour Of A Kindなどジャズ寄りフィールドでの活動が多いけど、それは塩谷の活動のごく一部でしかない。トリオでやっていてもさまざまなアイディアが出てくるのであろう。結果、1曲ごとに表情の異なるアルバム構成となり、ひとことで「こんな感じ」とくくれない広さが塩谷トリオのカラーとなった。幅広い活動がなければこんな発想は生まれてこないだろうな。どんな発想かって?
曲によってピアノの音色も響きも違う。ドラムスもベースも同様。曲中でミックスとバランスが変わる曲があったりと、ジャズ・ピアノ・トリオでこんなのあり?という禁じ手の連発なのだ。1曲ごとの大胆な変化にドキドキしてしまう。 ああ、そうか。いわゆるジャズ・ピアノ・トリオとして聴くものなんじゃないんだな、これは。「塩谷ミュージック」をたまたまピアノ、ベース、ドラムスの3人編成でやっているものなんだと気がついたら急に視界が開けた。全部同じトーン、同じミックスで録音、つまり外枠は同じにした上で、インタープレイとインプロヴィゼーションで勝負するという従来のジャズ・ピアノ・トリオとは聴かせどころが違うのだ。ここにはピアニスト塩谷のほかに、全体のサウンドに注意深く気を配るもう一人の塩谷が存在しているという感じ。練りに練られた音づくりだ。
その感覚を的確にバックアップしているのはジャズからロック、ポップスまであらゆるジャンルをまたぐスーパー・ドラマー山木秀夫。この柔軟性がなければこのトリオの斬新な感覚は出せなかったに違いない。そしてベースの井上陽介がジャズ・ピアノ・トリオとしての枠組をしっかりと固めているという絶妙のバランスだ。