ピアノという楽器は深いのだ
~マッコイ・タイナー「マイ・フェイヴァリット・シングス」ほか
さて、試聴記の2回目は、ピアノを集中して聴いてみました。CDに録音されたピアノの音って、実際の音とかなり違っているものがけっこうありますよね。つまり「作られている」音。特にジャズではその傾向が顕著です。マイクをピアノの弦すれすれに置けば迫力が出ますし、離して置けば残響が増えます。これだけでもずいぶん変わってきますし、場合によってはさらにさまざまな加工を施したりもします。これは悪いことではなくて、わざとそうやって個性を強調したり、レーベル独特のサウンドを作ったりしているわけです(たとえばブルーノートやECM)。これらをうまくコントロールするのが録音エンジニアの腕のみせどころで、出来上がった音はほんとうに千差万別になります。まあ、そんなわけで、ピアノの音は実に多彩な表情があるわけですが、それをハイレゾで聴けば、その表情をもっともっと細やかに聴き取れるのではないかということで、ピアノを選んでみたというわけです。
先に結論からいうと、まったくそのとおり。またまた驚きの連続でした。ピアノはジャズで使われる楽器の中では、多くの人にもっともなじみ深い楽器だと思います。生のサックスの音を聴いたことがない人はいても、ピアノの音を聴いたことがないという人はいないのではないでしょうか。つまり、誰もが「ほんとうの音」を知っている。レコード、CDに録音された音と実際の音との違いを知るには知っている音を聴くのがいちばんですよね。今回紹介するハイレゾ音源で、ぜひその多彩な音を楽しんでください。
では、紹介していきましょう。
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ピアノはデカい楽器なのだ
~マッコイ・タイナー「マイ・フェイヴァリット・シングス」
マッコイ・タイナー『エコーズ・オブ・ア・フレンド』
ファイル形式:WAV 96kHz/24bit
そもそも、ピアノという楽器はどこから音が出ているのか。ドラムスの音は叩いた打面だし、トランペットの音はほとんど先端のベルから出ている。ではピアノは? 鍵盤に繋がるハンマーが弦を叩いた部分? そこだけではないですよね。長い弦の全体が鳴り、内部で響き、他の弦と共鳴し、ボディを震わせるんですね。つまりピアノ全体が鳴っている。
そんなことを考えさせられたのが、マッコイ・タイナー(ピアノ)の「マイ・フェイヴァリット・シングス」。この曲はアルバム『エコーズ・オブ・ア・フレンド』(JVC)の中の1曲(『ベスト・オブ・ジャズ・ハイレゾサウンド』にも収録)。96kHz/24bitで聴いてみました。1972年、マッコイ・タイナーが東京で録音したソロ・ピアノ・アルバムで、この「フレンド」とは録音の5年前に亡くなったジョン・コルトレーンのこと。 コルトレーンに捧げたコルトレーン愛奏曲なので、力の入りようがすごいのです。「力」が売りのマッコイが、さらに力を入れてピアノを叩いている。いままでのマッコイのピアノの音の印象が「ガーン」だとすると、ハイレゾでは「グワワーーーーーン」という感じかな。ピアノの弦が鳴り、ボディが鳴り、ピアノというのは大きな楽器だということを改めて感じさせてくれる。
そして、ピアノは打楽器だということ。左手の打撃がすさまじい。ピアノがしなっているんじゃないかと思うくらい。まあ、しならなくとも実際揺れてはいるんでしょう。これぞマッコイ!ハイレゾは緩急の表現がよりよく出るのでしょう、強いところはホントに強く出てきてちょっと怖いくらいで、スピーカーから一歩下がってしまいましたね。うるさいということではなく、圧倒されちゃうという感じ。そうそう、ピアノってもともとピアノフォルテという名前で、これは「弱い音も強い音も出せる」という意味ですから、本来の楽器の特徴をハイレゾで再認識させられたというわけです。それにしても強すぎるぜ、マッコイ。
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ピアノは響く楽器なのだ
~デイブ・グルーシン「ホッカイドウ」
デイブ・グルーシン『アウト・オブ・ザ・シャドウズ』
ファイル形式:WAV 96kHz/24bit
もう1曲はがらりと変わって、デイブ・グルーシン(ピアノ)の『アウト・オブ・ザ・シャドウズ』の「ホッカイドウ」(96kHz/24bit)。1982年に録音された、きらびやかで華やかなフュージョン・アルバムの中の、2分ほどのソロ・ピアノ・トラック。音数の少ない高音域のメロディと低音域の合いの手が交互に出てくる構成で、いわば「隙間」の多い曲。でもそこを聴かせるのが狙いだったんだな。その隙間にこんなに音が入っていたなんて。ピアノの音自体は、アルバム全体のサウンドに合わせた、高音域を強調したキラキラした音色に加工されているけれど、そこに広がる残響、共鳴がとても美しい。これはぜんぜん「隙間」じゃない。響きの「空間」がそこにある。ピアノというのは「響き」を奏でる繊細な楽器なのだ。マッコイと同じ楽器とは思えないくらい。
と、あえて両極端なソロ・ピアノ2曲を狙って聴いてみたわけだけれど、予想以上にどちらもハイレゾのよさが出過ぎるほど出ている。ピアノの強い音は強いまま、繊細な響きは繊細なまま出ているということなんだけど、この当たり前なところがじつはとても難しかったのだ。ハイレゾの「深さ」を感じましたね。
『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』
ファイル形式:WAV 96kHz/24bit
なお、ピアノを聴くなら、『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』(JVC/96kHz/24bit)もお勧めです。こちらは7人のピアニストによるビル・エヴァンス・トリビュートのオムニバス・アルバム。マスター・メディアは1インチ2チャンネルのアナログ・テープということもあってか、音質はすばらしい。7人7様のピアノの音の違いをじっくりと楽しめます。ソロ・ピアノなら山下洋輔の「不思議の国のアリス」がある。付かず離れずの自然な距離感で収録されたピアノは、ペダルの音もリアルで、演奏者の息づかいというか「気配」までピアノの音とともに聴こえてくる。
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