ここしばらくの渡辺貞夫の活躍ぶりはすごい。カルテットでのツアー、ビッグバンドでのコンサートなど80歳を超えた年齢を感じさせないどころか、若者であってもここまでの活動をすることは難しいのではないかと思えるほどのエネルギーだ。アルバムでいえば、今年の4月にはビッグバンドによる『アイム・ウィズ・ユー』を発表したばかりなのに、それからわずか半年でブラジル録音の『ナチュラリー』のリリースとなった。ブラジル録音は2013年5月リリースの『オウトラ・ヴェス〜ふたたび』から2年ぶり。今作はチェロ奏者ジャキス・モレレンバウムを共同プロデューサー&アレンジャーに迎え、ストリングスをフィーチャーしている。ジャキスはアントニオ・カルロス・ジョビンの最後のバンド「バンダ・ノヴァ」のメンバーとして活躍。2001年からは坂本龍一とユニットを組み、ジョビン曲集アルバムを作ったことでも知られている現在のブラジル音楽界の重鎮のひとりである。また、ジャキスと同じくジョビンと活動してきたパウロ・ブラガ(ドラムス)をはじめ、バックは腕利き揃い。 アルト・サックスに絡むカウンター・メロディが美しい「ジュント・コン・ヴォセ」、「マイ・ディア・ライフ」を下敷きにした「ウォーター・カラーズ」など、ストリングスは渡辺貞夫を絶妙に際立たせる。ジャキスのソロも随所に織り込まれ、そのストリングスとの相性も当然ながらすばらしい。それらのストリングスは大きな聴きどころだが、タイトル曲の「ナチュラリー」や「ベン・アゴーラ」、「ナ・ラパ」(「シェガ・ジ・サウダージ」の引用が楽しい)などで聴かれるように、半分は小編成のボサ・ノヴァで、アルバム全体は変化と陰影に富むものになっている。 「カリニョーゾ」は、ブラジル音楽“ショーロ”を発展・完成させ“ブラジル音楽の父”と呼ばれるピシンギーニャ(1897〜1973)が1928年に作曲した曲。ブラジル人なら知らない人はいない、ブラジルのミュージシャンなら誰もが一度は演奏しているといわれるほどの国民的名曲である。ここではアルト・サックスとチェロ、ギターにより静かに温かく奏でられている。ラストの「スマイル」は、チャールズ・チャプリン作曲のスタンダード。こちらはアルト・サックスとピアノのデュオでしっとりと聴かせてくれる。 聴く前は顔ぶれとロケーション(リオ)からして、どっぷりとブラジル音楽、それもボサ・ノヴァかと思っていたが、こうして聴いてくるとそこにあるのは「渡辺貞夫流ブラジル音楽」、いやもっと言えば「渡辺貞夫の音楽」である。渡辺貞夫がブラジル音楽を演奏したのではなく、渡辺貞夫にブラジル音楽が寄り添っているというふうに聴こえる。音楽活動60年以上、もうどこで誰とどんな音楽を演奏しても、それは自分の音楽になってしまうのだ。これはすごいことだなあ。