今月紹介のジョーイ・アレキサンダーは新人ピアニスト。この『マイ・フェイヴァリット・シングス』はファースト・アルバム。新人なので紹介するキャリアはまだほとんどない。だが、試聴音源を聴いてもらえばわかるが、このテクニックもセンスもただものではない。固めの重いタッチとフレイズからはハービー・ハンコックからの影響が色濃く感じられ、実際曲によってはハンコックの常套フレイズが頻出するが、それが目的のたんなる引用ではなく、すでに血肉になっているというか、違和感はない。それどころかそれがじつに自然でカッコいいのだ。これまでたくさんジャズ・ピアノを聴いてきた人ほど面白さを感じるのではないかな。
曲を聴いていこう。基本はトリオ編成で、冒頭のジョン・コルトレーンの難曲「ジャイアント・ステップス」は10分を超える演奏にもかかわらず一瞬たりとも耳を離させないほど弾きまくり、続く「ラッシュ・ライフ」はバラードだが、8分間まったく緩むところなくじっくりと聴かせてくれる。タイトル曲の「マイ・フェイヴァリット・シングス」はベーシストのラリー・グラナディアとのデュオ。グラナディアはパット・メセニー(ギター)やブラッド・メルドー(ピアノ)と共演してきた実力派だ。アレキサンダーはグラナディアに積極的に絡み、どんどん演奏をリードしていく。他の収録曲もスタンダードの「春の如く」「オーヴァー・ザ・レインボー」、セロニアス・モンクの名曲「ラウンド・ミッドナイト」「アイ・ミーン・ユー」などよく知られたものばかり。スタンダード曲集は諸刃の剣だが、ここでは勝負を挑んだのだと考える。どの曲もじつに新鮮に響いており、ピアニストとしての器の大きさを充分に感じさせる。狙いは成功だ。
最後にバイオをご紹介。アレキサンダーはバリ島生まれ。2011年にインドネシアで彼の演奏を聴いたハービー・ハンコックが絶賛。2014年にはニューヨークでコンサートを開催し、それを耳にしたウィントン・マルサリスが絶賛というすごい評価を得て、今回のアルバム録音に至ったという。今後の活躍がじつに楽しみだ。でも驚くべきことに独学で始めたジャズ・ピアノのキャリアはまだ6年に満たない。なんとこのジョーイ・アレキサンダーは2003年6月生まれ。まだ12歳なのだ。