『オウトラ・ヴェス(outra vez)』は、日本語のサブタイトルのとおり、ブラジル・ポルトガル語で「ふたたび」の意味。これは渡辺貞夫のブラジル再訪のことを指している。渡辺貞夫が初めてブラジルを訪れたのは1968年のことという。それから45年。前回のブラジル・レコーディングからは25年、そして渡辺貞夫は今年80歳という、いくつもの節目が重なった記念すべきアルバムとなった(ちなみに72枚め)。
渡辺貞夫とブラジルの関係は深く、これまで多くのブラジルのミュージシャンと共演し、たくさんのアルバムを発表してきた。60年代のボサ・ノヴァをはじめ、その後も頻繁にブラジル音楽をとり上げ、日本でのブラジル音楽の普及に大きく寄与したひとりと言える存在だ。その渡辺貞夫が、今また全曲書き下ろしのオリジナルを持ってブラジルに渡り、現地の腕利きミュージシャンと録音。言わばこれまでのブラジル音楽経歴の総決算というべきものとなった。とはいえ、力んだようなところはまったくなく(いつも自然体だ)、淡々と自身の音楽を歌い上げている。
メロディがほんとうに美しい。改めて言うのも恥ずかしい表現だが、まさに「歌」である。そしてそれを奏でるサックスの音もすばらしい。楽器のことを言えば、彼の使用楽器は昔から同じというわけではなく、実はけっこう変わってきている。ここしばらくはセルマー社の、管体がスターリング・シルバー(高純度銀合金)のモデルだったが、このアルバムではネックもスターリング・シルバー製に変えたという。超ベテランが今なお、よりよい音色を追求し続けているということには驚きも感じるが、ここで言いたいのは、その向こうにはすでにゆるぎない「渡辺貞夫の音」があるということ。それはどんなにサックスの音色が変わったとしても、ジャズを吹いてもブラジルを吹いても、一音出たところで「渡辺貞夫」を感じさせてくれる。そんなミュージシャンは多くはいない。今回はブラジル音楽で、それを楽しむということなのだな。