塩谷哲(しおのやさとる)はソロ・デビュー20周年を迎える。東京芸大在学中からオルケスタ・デ・ラ・ルスに参加して名を上げ、93年からソロ活動を始めて20年。これまで発表したオリジナル・アルバムは11枚に及ぶ。今回発表のニュー・アルバムのタイトルは『アロー・オブ・タイム(Arrow of Time)』。これは単に「時間の矢」ではなく、「時間は戻らない」ということを物理学的に表すコンセプトの呼称なのだが、ここではその意味で使っているとのこと。そのタイトルの曲も収録されているし、他にも「エントロピー」(アロー・オブ・タイムにも関連する物理学用語)、「イグジステンス」(存在)という曲もある。なんて先に見てしまうと、難解な音楽なのかしらん?なんて身構えてしまうけれど、全然そんなことはなかった。むしろとてもシンプルでスムースな心地よい音楽だった。
今回は、田中義人(ギター)、松原秀樹(ベース)、山木秀夫(ドラムス)、大儀見 元(パーカッション)による「スーパー・ソルト・バンド」での演奏。さまざまなところで塩谷と共演を重ねてきた腕利き4人だ。塩谷のアコースティック・ピアノを、さすがに的確にバックアップするが、アレンジ自体にキメキメなところはなく、また塩谷もバックもテクニックを見せつけるかのような気張った部分はない。デビュー20周年記念となるアルバムにしては、いささか地味な印象ではある。塩谷のこれまでの活動を見ると、ラテン(オルケスタ・デ・ラ・ルス)からポップスなど(佐藤竹善とのSALT & SUGER、津軽三味線の上妻宏光とのAGA-SHIO)、さらにクラシックまで幅広く、プレイヤーとしてだけでなくアレンジャーとしても幅広い分野で大活躍してきている。もちろんジャズも自身のトリオや小曽根真とのピアノ・デュオなどいつも意欲的に新しいものに取り組んできている。だから「20周年」となればひと区切りということで、それらさまざまな活動を集めた「記念」のにぎやかなアルバムを作りそうなもの。
でも塩谷が選んだのは「バンド」だった。5人編成のシンプルなバンド・サウンド。これは気持ちのよい肩すかしだった。塩谷の最新オリジナル曲(スティーヴィー・ワンダー「迷信」のカヴァー1曲があるが)を、最も信頼するメンバーと共に演奏する。ソロ20年の到達点はここにあるということなのだろう。何でも出来る人の自然体の音楽。塩谷の持っているさまざまな要素が自然ににじみ出ている。いや、出てしまうのだ。音楽ってもともとそういうものなんだと再認識しましたね。