ヴォーカリストでピアニストのエリザベス・シェパードはこれまですでに4枚のアルバムをリリースしており、うち3枚は日本でも発売、来日公演も行っている。ただ、「世界中のDJが注目」といったクラブ系ミュージシャン的な紹介が多かったようで、ジャズ・ファンにはもしかしたらなじみの薄い名前だったかもしれない。でも今作『リワインド』でジャズ・ファンにもその名が広く知れ渡ることになるだろう。
カナダで生まれ育ち、モントリオールのマギル大学でジャズ・ピアノの学位をとったエリザベスだが、ピアノで身を立てようとは思わず、トロントのレストランで働いていたという。だが、そこでの「仕事」としてピアノの弾き語りを命ぜられたことが彼女の人生を変えることになる。演奏は評判となり、本格的にミュージシャンとしての活動を始め、2006年にはロンドンで演奏活動を行い、そこで大きな確信と評価を得た。そして先述のように、クラブ・ミュージックのテイストを生かしたジャジーなスタイルで4枚のアルバムをリリースし、ジャイルス・ピーターソン、須永辰緒ら世界中のDJたちから絶賛されるようになった。
そして本作『リワインド』は、基本編成がヴォーカル+ピアノ・トリオ(主にエレピ)のジャズ・スタンダード集。曲も「ラヴ・フォー・セール」に始まり、「ポンシアナ」「ミッドナイト・サン」「プレリュード・トゥ・ア・キッス」などジャズ・ファンにはおなじみの曲ばかり。さらにボビー・ハッチャーソンの隠れ名曲「ホエン・ユー・アー・ニア」まで引っ張りだしてきた。ジャズ・ファンからも注目されると書いたのはそのためだ。本人の意思はどうあれ、形のうえではまったくの「ジャズ」の土俵に立ってしまったのだから。
とはいえ、その音楽はその「枠」をまったく意味のないものにしてしまった。前例がないものだから説明がむずかしいな。クラブ・ミュージックとスタンダード・ジャズ・ピアノのフュージョンなんて書くとすごく陳腐なものに感じられてしまうけど、形としてはそんなふうかな。でもとにかく感覚が新しいというか、「ジャズ」ミュージシャンとは別のところを見ているのは明らか。アレンジの着想も斬新。「クロース・トゥ・ユー」(日本盤ボーナストラック)に変調ノイズをかぶせてしまうなんて驚きだ。もうこれは聴いていただくしかない。