今月の新譜は、ハーモニカ奏者のグレゴア・マレのファースト・アルバム。ハーモニカ奏者というと、まず誰を思い浮かべますか? ジャズ・ファンならトゥーツ・シールマンス、ポップス/ソウル・ファンならスティーヴィー・ワンダーでしょうか。では次は? そこに挙がる名前がこのグレゴア・マレでしょう。1975年スイスのジュネーヴの生まれ。現地の音楽学校を卒業してニューヨークに渡る。そこからのキャリアを見ると、デヴィッド・サンボーン、ユッスー・ンドゥールと共演、2005年にパット・メセニー・グループに参加(『ザ・ウェイ・アップ』のツアーで来日も)。その後もマーカス・ミラー、ハービー・ハンコックと共演という、引っ張りだこ状態。2009年には自身のグループで来日公演も行なっているという、知っている人はもう十分知っている実力者。
グレゴアのハーモニカはまさに声だ。吹いているんじゃなくて歌っている。あんな小さくてシンプルな楽器なのに、こんなに豊かな表現ができるなんてとまず驚いた。でも実はハーモニカはぜんぜんシンプルな楽器じゃなくて、すごく精密で複雑な楽器なのね。調べてみて印象が変わりました。マレが使っているのは日本のメーカーが作った彼のシグネチャー・モデルだけど、細部にわたってものすごいこだわりが込められている。奥が深過ぎるよ。先達プレイヤーが少ないだけに、演奏はたいへんな努力の上にあるのだと思う。興味のある方は、ぜひ「グレゴア・マレ ハーモニカ」で検索を。
さて、アルバムの内容だけど、ファースト・アルバムにふさわしく、そこにはいろんなメッセージを読み取ることができる。
「ザ・マン・アイ・ラヴ」はカサンドラ・ウィルソンを、「マニャン・ヂ・ソル」ではラウル・ミドンら、「プレイヤー」ではTAKE6のマーク・キブルらヴォーカリストを多数フィーチャー。ハーモニカはマレの声そのものだからヴォーカリストとの共演は、いわば歌の共演だ。自身のヴォイス・スタイルの表明ということだな。パット・メセニー作曲「トラヴェルズ」はメセニーへ、「クレプスキュール組曲」はマーカス(本人参加)へ、これまでの活動の謝辞。「シークレット・ライフ」はスティーヴィーのカヴァー、そして「オ・アモール・エー・オ・メウ・パイス」ではなんとトゥーツ・シールマンスとの共演で、先達のふたりに敬意を示しているわけだけど、これは次はワタクシの時代との宣言でもある。
まさに自信にあふれた満を持してのデビュー・アルバム。長く聴き継がれるであろう充実の作品となった。
そうそう、マレのハーモニカや豪華な共演者に隠れがちだけど、アレンジ、共同プロデュースのウルグアイ出身のフェデリコ・ゴンザレス・ぺーニャのピアノの音の存在感はすばらしいです。こちらにも注目(耳)ですよ。