今回ご紹介するのは新作ではなく、新商品。マーカス・ミラーがこれまでリリースした2枚のアルバムを1つのパッケージにした「マーカス・ミラー・オリジナル・アルバム・クラシックス」シリーズの2セット。この『ザ・キング・イズ・ゴーン+テイルズ』と『M2〜パワー・アンド・グレイス+シルヴァー・レイン』、それぞれタイトルの2枚がオリジナルの形のままセットされている。ボーナストラックはないが、そのメリットは価格にある。これは安い。秋の来日公演の「予習」や、コレクションの充実にぴったりだね。
さて、この4枚のうち一番先に出たのが『ザ・キング・イズ・ゴーン』で、93年のリリース。えっ、もう17年も前? と思わず驚いてしまった。だって全然古く感じないどころか、今だってとても新鮮だ。だから当時のことはよく覚えている。これ以前にもマーカスはアルバムをリリースしていたけど、どれもヴォーカルの入ったポップ・アルバムだったから、この初の「ベース・アルバム」の印象は一際強烈だった。その後、マーカスはベーシストとしてのみならず、サウンド・クリエーター/プロデューサーとしても八面六臂の大活躍をして今に至るわけだけど、そのあたりはもう説明の必要はないですね。この4枚は「クラシックス」の名にふさわしい、名盤セットなのです。
マイルス・デイヴィス、デイヴィッド・サンボーン、ウェイン・ショーター、ケニー・ギャレット、ジョー・サンプル、トニー・ウィリアムス、レニー・ホワイト、ジョシュア・レッドマン、ミシェル・ンデゲオチェロ、デューク・エリントン、ビリー・ホリデイ、ジョー・ザヴィヌル、チャカ・カーン、ハービー・ハンコック、メイシオ・パーカー、ブランフォード・マルサリス、ジャヴァン、そしてエリック・クラプトン。これは、このセットの帯に書かれた参加ミュージシャンの一部(ヴォイス・サンプリング含む)。ジャズの巨人からファンク、ロックの大御所まで、これだけ見てもマーカスの広範囲の活動と実力がうかがい知れるというもの。だからといって、共演者のヴァリューに寄りかかるところは少しもなく、全部自分の音楽をやっているというところがマーカスのスゴ過ぎるところ。聴けば聴くほど、その才能に驚くばかり。
では、1枚ずつ聴きどころを。まず、『ザ・キング・イズ・ゴーン』は93年発表作品。先にも書いたように、この前にもマーカスのリーダー・アルバムは2枚あるけど、ふだんの活動と後の作品系列から見ると、いわゆる「企画もの」(ほとんど自身のヴォーカル入りかつワンマン・レコーディング)と言っていい内容。だから、アーティストのキャリアとしてはこれを出発点に考えていいんじゃないかな。帯に書いてある「ソロ再デビュー」はそういう意味。
さて、このタイトルの「キング」はマイルス・デイヴィスのこと。マーカスは80年代初頭のマイルス・グループに抜擢された後、大成長を遂げ、グループを牽引するほどにまでなった。マイルスは恩人かつ盟友なのだ。だからソロ(再デビュー)・アルバム制作に際して、マイルス(91年没だから、未発表音源)を引っ張り出すことは自然なこと。マーカスはこのジャズの巨人へのトリビュートを、この後もさまざまな形で表明している。そして、その陰に隠れがちだが、「キング」はもうひとりいる。マーカス作曲「ミスター・パストリアス」や、ジャコの愛奏曲「ティーン・タウン」からわかるように、それはベースの革命児ジャコ・パストリアス(87年没)。この世代のベーシストとしてジャコに影響を受けなかった人はいまい。だが、マーカスはジャコをなぞるようなことはまったくせず、自身の個性を全開にしてそれを表わした。「ティーン・タウン」はジャコのフレットレス・ベース・プレイの象徴的な1曲だが、マーカスは対照的なスラッピングで弾き切っている。これも愛だな。
『テイルズ』は95年リリース。レスター・ヤング、ビリー・ホリデイ、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィスらのヴォイス・サンプリングにも驚くが、後の展開を予感させる幅の広いサウンド・クリエイトにも耳が向く。ビリー・ホリデイの名唱で知られる「奇妙な果実」がある一方、スティーヴィー・ワンダー、アース・ウィンド&ファイア、ビートルズが並列する。発想が普通じゃないね。もちろんベース・プレイもバリバリです。
『M2〜パワー・アンド・グレイス』は、2001年発表。ライヴ・アルバムのリリースをはさんで、『テイルズ』から6年ぶりのスタジオ録音作品。またまた多彩なゲストを招いて緻密に作り込まれている。ここではジョン・コルトレーン作曲の「ロニーズ・ラメント」、チャールズ・ミンガス作曲の(ジャコの名演でも知られる)「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」をとり上げるなど、ジャズに視線を投げかけながらも、ドラムンベース的な要素も取り込んだりと幅が広い。にもかかわらず、マーカスのベースはそれらをがっちりと束ねている。これぞまさにマーカス・ワールド。
2005年発表の『シルヴァー・レイン』の目玉は何と言っても、ロックのスーパー・スター、エリック・クラプトンの参加だろう。クラプトンはマーカスとタイトル曲を共作し、歌にギターに大活躍。さらにジミ・ヘンドリックスやスティーヴィー・ワンダー、ベートーヴェン「月光」までとり上げるなど、ここまでくると、もう「ジャズ・ベーシストの」マーカスではないね。サウンド・クリエーター/プロデューサーとしての実力を見せつけた傑作だ。
猛暑の日々にはマーカスを。暑さは熱さで制するのが一番(かも)。