マーカス・ミラーの新作は、なんとモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団との共演。これは2008年の11月にモナコのモンテカルロで行われた行われたジャズ・フェスティヴァルのライヴ、つまり「一夜限りの特別企画」だったのだが、こうしてCDで聴けてほんとうによかったと思えるすばらしい内容だ。
この企画はジャズ・フェス側ということだが、このオファーを受けてマーカスが燃え上がったことは想像に難くない。集めたメンバーは盟友プージー・ベル(ドラムス)と、フェデリコ・ゴンザレス・ペーニャ(キーボード)、アレックス・ハン(サックス)に、意外にもDJロジック(ターンテーブル)という顔ぶれ。オーケストラとターンテーブルですよ。そしてフィーチャリング・アーティストとしてロイ・ハーグローヴ(トランペット)と今注目の盲目のシンガー/ギタリストのラウル・ミドン。オケのアレンジは全編マーカス。うーん、メンバー見ても音が想像できないよ。果たしてどんなサウンドが出て来るのか…。
1. ブラスト
オープニングはマーカスの07年ソロ作『フリー』に収録されていた「ブラスト」。この冒頭を聴いただけで、このライヴは、ありがちな「バンド(メイン)+オーケストラ(色づけ)」企画でないことがわかる。オケとバンドの一体感とグルーヴがとても気持ちがいい。全員でひとつのバンドということなんだな。アイディアとアレンジにびっくりだね。
2. ソー・ホワット
マイルス・デイヴィスの、スタンダードというよりジャズの古典。オリジナルは『カインド・オブ・ブルー』に収録されていて、数多くのカヴァー・ヴァージョンがあるけど、オリジナルに付いていたイントロまでやっているヴァージョンは実はとても少ない。マーカスはその厳かなイントロをオーケストラ用にアレンジ。オリジナルの印象を大切にしているのか…と思えばターンテーブルのソロも入ったりして実に新鮮。オリジナル発表から50年、まだまだいじれる曲なんだな。
3. ステイト・オブ・マインド
これはラウル・ミドンのヒット曲。ここではミドン、マーカス、ロイ・ハーグローヴをフィーチャーしたアレンジになっている。ミドンのヴォーカルはもちろんだが、ギターの技も圧倒的だ。
4. アイ・ラヴ・ユー・ポーギー
これまで多くのジャズマンがとり上げてきたガーシュウィンの名曲。マーカスはフレットレス・ベースでメロディーを紡ぐ。マーカスはスラッピングでイケイケのベースだけじゃないんです。泣けるよ、これ。
5. アマンドラ
マイルス・デイヴィスの1989年発表の同名アルバムに収録されていた曲。作曲はマーカス。オリジナルのプロデュースもマーカスだった。この曲はオーケストラに実によく合っている。マーカスはもともとこういうサウンドを意図していたのか、なんて想像も。ところで、(2)(4)そしてこの曲がマイルス・デイヴィスゆかりの曲。80年代のマイルスの復帰を支え、ともに新しいジャズを創造してきたマーカス。大先輩にいつもトリビュートしてるのね。
6. アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー
題材は古いジャズ・スタンダード。ここでは「ロイ・ハーグローヴ・ウィズ・ストリングス」の趣。いかにも「オーケストラと共演」というものだけど、これはこれで落ち着くなあ。
7. わたしのお父さん〜マシュ・ケ・ナダ 導入部はプッチーニのよく知られたオペラ曲。続くのはブラジリアン・ポップ・スタンダードの「マシュ・ケ・ナダ」。これってちゃんとつながるの? 結果は見事につながるのでした。このまったく違う2曲を並べるという発想がすごい。
8. ユア・アメイジング・グレイス
マーカスのバス・クラリネットによる「アメイジング・グレイス」をイントロにした、切ないメロディーが印象的なマーカスのオリジナル。オケとバス・クラがゆったりとからみ、そこに乗る倍テンポのリズムがスリリングだ。ミドンのヴォーカルが入ってドラマチックに盛り上がる。
9. 奇妙な果実
これは、ライヴ音源ではなく、スタジオで収録されたもの。曲はビリー・ホリデイの名唱でよく知られていますね。ここではなんとマーカスのバス・クラとハービー・ハンコックのデュオ。コンサートのアンコールのように収録され、興奮のステージはしっとりと幕を閉じる、という感じ。
聴き終わると、いろんなものが詰め込まれているにもかかわらず、あまりにも自然な流れにびっくり。こんなプロデューサー/アレンジャーは今までいなかった。また、フレットレス・ベースの使用も多く、今やすっかり「もうひとつの楽器」として定着したバス・クラもたっぷりで、マーカスのプレイヤーとしての部分もじっくりと楽しませてくれる。マーカスの才能と技量をまざまざと見せつける、すばらしい作品だ。