塩谷哲(しおのやさとる)はポップス、ジャズ、クラシックとジャンルを飛び越えて作編曲や演奏活動を精力的に続けているが、近年では小曽根真とのピアノ・デュオや自身のピアノ・トリオでのアルバム・リリースが続き、「ジャズ・ピアニスト」として注目が集まってきている。そして今回はキャリア初のソロ・ピアノ・アルバム。いったいどんなアプローチとなるのか、とても気になるところ。
ビアノに限らずソロ(独奏)による演奏は、ジャズの魅力のひとつである「インタープレイ」、つまり演奏者どおしの、演奏のその場その場で発生するやりとり、相互刺激といったものがないものになる。また、それでもライヴなら観客が何らかの影響を与えるし、やり直しのきかない「場」の要素も演奏に入り込む。だけど今作のようなスタジオ録音だとそれもない。つまり純粋な「個人の表現」なのね。隅から隅まで100%コントロールできる音楽。もちろん「即興」という要素があれば、それは「ジャズ」なんだけど、今回のアルバムは、即興じゃない部分も多々ある。編成はすべてソロ・ピアノだけど、曲はいろいろなタイプが混在する。というものだから、いわゆる「ジャズ」として構えて聴くと、ちょっと違和感があるかも(待てよ、最初からどこにもジャズなんて書いてないじゃないか)。
「たまたま」最近ジャズ寄りの活動が多いから、先入観を持ってしまったが、つまりこれは「ピアニスト/音楽家」塩谷哲を楽しむものなのね。塩谷の経歴を見れば、いわゆる「ジャズ・ピアニスト」とは違うスタンスであることがよく判る。芸大作曲科を中退し、20歳の頃からサルサ・グループ「オルケスタ・デル・ソル」のピアニストとして世界各地で活躍。93年からソロ活動を始め、フュージョンの「SALT BAND」、シング・ライク・トーキングの佐藤竹善とのユニット「SALT & SUGAR」を始め多くのヴォーカリストとの共演、コンサート・シリーズ「クール・クラシックス」出演、2002年には本田雅人らと「フォー・オブ・ア・カインド」結成。03年以降は塩谷哲トリオを中心に、ピアノを前面に出しての活動をメインにし、ピアノ・トリオで3枚、小曽根真とのデュオ・ピアノ・アルバムもリリース。その一方で今年はNHK「名曲アルバム」のアレンジを手がけるなど、この幅の広さを見れば、「すべてをコントロールできる」ソロ・ピアノ・アルバムを作るにあたって、例えば「スタンダード集」、あるいは「即興集」のようないわゆるジャズ・ソロ・ピアノにならない方がむしろ自然に思えるが、どうだろう。
では、曲ごとの簡単な紹介を。
繰り返すが、今作はアタマにジャズとかクラシックとかが付かない「ピアニスト/音楽家」塩谷哲を楽しむもの。ゴリゴリのジャズ・ピアニスト塩谷は別のアルバムを聴いていただくことにして、ここではそのユニークな視点を楽しもう。ジャズ(のみの)ファンもきっと世界が広がるはず。