Q87 ID higeotokoさんの質問 2011年12月1日
僕の持っているCD『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、サックスが左で、リズム・セクションが右という極端な「ステレオ」状態です。これっておかしくないですか?
higeotokoさん
いらっしゃいませ。
これは有名なアルバムですよね。演奏もさることながら、録音がいいレコード/CDとしてもよく知られているものですね。お答えします。これはあなたのだけではなく、誰が持っているCDも極端なステレオです。ですからそういう意味ではおかしくありません。もうひとつ回答します。ステレオが極端すぎるので、そう言う意味では聴いててちょっとおかしく感じます。なぜこんなに極端なのでしょうか。
このアルバムは1957年の録音ですが、この時期はジャズ界ではステレオ録音の黎明期にあたります。それ以前はモノラル録音でしたので、つまり「ニュー・メディア」の登場だったわけです。まあ今でも、10数年前に5.1chサラウンドが出現した時のことだと考えていただければわかりやすいでしょうか。最初の頃のソフトは後ろにも楽器があるマルチチャンネルになっているものもあれば、残響音だけのものがあったりと、前例がないものに対してはさまざまなアプローチが試されるわけです。当時のステレオも同じで、空間を再現するようなステレオを目指したものや、モノラルが2本(『ミーツ・ザ?』はこのタイプですね)みたいなものまでさまざまな方式が試行錯誤されていた時代なのです。
そのようなわけで、このアルバムは「極端な」ステレオという形で録音されました。今の感覚で素直に言えば、不自然ですよね。聴きづらい。でもオリジナルがそうなっていたから、CDもそのまま出ているというわけです。リマスターで音質を変えることは今や常識になっていますが、なぜかステレオ定位を変えるのはご法度のようです。左右ちょっとずつ中央に寄せたら少しは聴きやすくなると思うのですが…。最初に書いたように、音がいいと定評があるアルバムですが、それは音質のことなんですね。でも本来ならこの定位も聴感上とても重要だと思うのです。(かつてDVD-AudioやLPではモノラル・マスターからの復刻もありました)
で、例によって話はどんどん逸れますが、ジャズのステレオ黎明期である50年代後半は世の中にステレオ再生機器はわずかしかなく、またその頃はほとんどのメーカーではステレオ盤を作ってもモノラル盤とステレオ盤の両方をリリースしていたので、制作側も大多数であるモノラル中心に考えていました(ちなみにステレオ導入はロックよりジャズが先)。ですから極端なステレオ定位でも、それはごく一部の商品だけの話だったのです。その後、世の中はどんどんステレオ化に向かっていって、60年代も終わる頃にはステレオが標準になりました。ということで、昔のアルバムを復刻リリースする際は、モノラルとステレオの音源があれば、仮にそれが「試行錯誤期間中=不完全かも?」のものであってもステレオ音源でリリースされるようになったわけです。復刻CDにみられるオリジナル至上主義を突き詰めていくのなら、当時のプロデューサーが「ステレオよりモノラル優先」と考えていたものなら、やはりモノラルでリリースすべきだと思います。まあ完全な私感ではありますが。ごくまれに「あえてモノラル・マスターから復刻」というものもありますが、まだまだ例外的です。ビートルズの復刻のように、ジャズでもリマスターの次はモノラル・マスター復刻が流行になるか?