
ジョン・コルトレーンの名曲(3)
『マイ・フェイヴァリット・シングス(My Favorite Things)』
コルトレーン作曲ではありませんが…
これはコルトレーンの作曲ではありません。ミュージカルと映画の『サウンド・オブ・ミュージック』の中の1曲です。作曲はリチャード・ロジャース。でも、振り返ってみれば「ジャズ界においては」この曲の作曲者はコルトレーンといってもいいくらいにコルトレーンの演奏は重要なものとなりました。コルトレーンが録音したのはブロードウェイでのミュージカル公開直後(上演は1959年、録音は60年)で映画公開(65年)の前、世界的にこの曲が知られるずっと前なのです。つまりニューヨークの最新ヒット・カヴァーだったわけです。
でもコルトレーンは特に最新ヒット・カヴァーが目的ではなく、これも「ジャイアント・ステップス」同様、音楽的な実験のひとつでした。「ジャイアント・ステップス」では目まぐるしくコード・チェンジする構成でしたが、それはそこで極めたと感じたのか、こちらはその逆。「モード」という方法論で、いわゆるコード・チェンジがない(そもそもコードという概念ではない)構成なんです。本来この曲は美しいコード・チェンジが特徴のひとつなんですが、コルトレーンは全部すっとばしてしまっているんです。聴けば、同じ感じが延々と続いてますよね。ミュージカル版原曲とぜひ聴き比べてください。コルトレーンのアレンジは、実は曲を「別もの」に変えてしまうほどだったのです。「ジャイアント・ステップス」での複雑化のあとは単純化。コルトレーンはいろんな音楽的な試みを続けていたのです。でも、こちらは「練習曲」的な感じはなく、新たな方向性を打ち出した演奏になっています。実際この後この曲はライヴでは頻繁に演奏され、コルトレーンの看板曲のひとつとなります。ついでにこちらも『ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』でフリー・ジャズで演奏しています。ずっと演奏し続けてきた曲なので、コルトレーンにとってこの曲のひとつの到達点ヴァージョンという考えもできますが、『マイ・フェイヴァリット・シングス』からいきなり聴くと、その違いにきっと驚きますよ。コルトレーンは常に変化と前進の人だったのです。
写真3:ジョン・コルトレーン『My Favorite Things』(Atlantic)