「ラヴ・フォー・セール」その3
『You Can't Go Home Again/チェット・ベイカー』
スタンダード曲の演奏って、古典落語みたいなものですよね。筋書きは決まっているんだけど、時代に合わせた新たなネタを追加したり、演者それぞれの語り口で新たな世界を作る。そしてそれをどうやってオチに持っていくか。オリジナルから逸脱しすぎると別の噺になってしまうし、ストレートすぎると面白くない…。うん、まったくジャズだな。で、このチェット・ベイカー(トランペット)の演奏なんだけど、ワウワウの効いたファンキーなエレキベースのイントロから始まって、テーマのメロディは確かに「ラヴ・フォー・セール」なんだけど、ほんとにそうなの?という感じ。メンバーはアルフォンソ・ジョンソンのエレキベース、マイケル・ブレッカーのテナー・サックスに、ジョン・スコフィールドのギター、そしてトニー・ウィリアムスのドラムスらによる1977年当時最強のフュージョン・セッション。で、リーダーは「あの」(かつてのウェストコースト・ジャズの)チェット・ベイカーなんですね。完全アウェーの孤独な戦いに見えるんだけど、演奏は元気ハツラツ。そう、これは「新しい」チェット・ベイカーを過激に印象づけるというコンセプトなのです。アレンジもかなり変わっていて、途中でベースがロン・カーターに替わって4ビートになったり、エレキベースとウッドベースのチェイスがあったり、さらにストリングスまで入ったりと、ここまでやっていいのかという、聴きどころというか突っ込みどころ満載。筋書きの断片さえあれば、登場人物や時代設定、さらにオチまで変えてもいいんだという一席。
写真3:『You Can't Go Home Again/チェット・ベイカー』(A&M Horizon)